高分子という概念がきっちりと確立されたのはなんと20世紀に入ってからのことです。
綿や麻などの天然の繊維や紙の原料のセルロースも高分子であり、高分子という材料そのものは古くから使われているものです。
しかし、その正体がはっきり掴めたのは意外にも100年くらい前でしかないのです。
この記事では高分子の概念を確立したシュダウディンガーの高分子説についてご紹介します。
当時は一般的だった低分子ミセル説
1900年に入ったころは、タンパク質、糖、デンプン、セルロースや天然ゴムなどは低分子の化合物が会合した状態のもの(ミセル)であると考えられていました。
例えば、図1のように天然ゴム(ポリイソプレン)も原料のイソプレンの二量体が分子間の相互作用で会合したミセルであるという構造が提唱されていました。
実際には図2のように天然ゴムは共有結合でつながった巨大分子だったわけですが、当時は共有結合でつながった非常に大きな分子がある、ということは信じがたいことだったのです。
シュタウディンガーの高分子説
シュタウディンガーは1920年にデンプンやセルロースなどの分子は共有結合でつながった巨大分子であるという説を提唱しました。
当時の科学界、つまりデンプンやセルロースなどは低分子化合物の会合体であると考えていた人たちからは大きな反発があったようです。
しかし、ある実験で「高分子はミセルではなく、共有結合でつながった巨大分子である」ということを立証していきます。
等重合度反応を使った高分子説の立証
会合によって見かけ上巨大な分子が出来上がっているのであれば、その化合物を化学的に修飾して会合状態を変えることで、見かけの分子量は大きく変わるはず。
そこで、シュタウディンガーはいくつか材料を化学反応で修飾して、その前後の重合度を測定するという実験を行いました。
その代表的なものがデンプンです。
シュダウディンガーは図3のようにデンプンをアセチル化して、さらに脱アセチル化するという操作を行い、
・デンプン
・デンプンを酢酸でアセチル化したもの(三酢酸デンプン)
・アセチル化したデンプンを再びデンプンに戻したもの
という3つの状態でそれぞれ溶液の浸透圧を測定して重合度を測定しました。
浸透圧による重合度の測定
溶液の浸透圧は、溶液中の溶質のモル濃度に依存しています。
このため、溶質の質量パーセント濃度と浸透圧から分子量を測定できます。
浸透圧の測定では、会合した分子が存在しているとモル濃度は見かけ上小さくなります。
そして化学修飾などで化合物の会合状態が変化すれば見かけのモル濃度も変わります。
これによって浸透圧も変化するため、浸透圧から計算される分子量も変化します。
現在では高分子の各種分析法が揃っていますが、当時は分子量の測定方法として浸透圧くらいしか手段がなかったため、化学修飾による浸透圧の変化に着目したと考えられます。
すると、いずれの状態でも浸透圧から計算される重合度にほぼ変化がないことを実証しました。
図3ではデンプンが高分子であるという前提で化学式を書いていますが、当時は繰り返し単位の構造のような低分子化合物が会合したものであると考えられていました。
仮にデンプンが比較的小さい分子が会合状態を取っているのであれば、デンプン中の水酸基をアセチル化することによって会合状態は変化すると予想できます。
そうすると会合状態の変化に応じて見かけの分子量も変わって、浸透圧も変化するはずです。
しかし、アセチル化によって浸透圧が変わらなかったということは分子量の変化はなく、会合状態も変化していないということになります。
すなわち、デンプンは小さな分子の集合体ではないと示したのです
このような反応は等重合度反応と呼ばれていますが、この反応を使ってデンプンの会合状態の変化がないことから、「デンプンが一つの巨大な分子(=高分子)である」ということを示したわけです。
高分子化学の幕開け
高分子説は最終的に1935年に完全に確定した(論争が終わった)とされており、以降様々な高分子が生み出されています。
そして、シュタウディンガーは1953年に高分子に関する業績により、ノーベル化学賞を受賞しています。
ナイロンやポリエステル、ポリプロピレンなど現在では欠かせない高分子材料ですが、1930年よりも後の発明です。
シュダウディンガーの高分子説が高分子化学の幕開けとなり、現在では高分子化学は大きな研究分野の一つとなっています。
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